日蓮宗のお会式について、日蓮聖人はどんなお坊さんだったのか?

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こんにちわ、安樹です!

先日の10月12日に、日蓮宗の東京の本山である東京都大田区の池上本門寺の「お会式」に参加して来ました。

「お会式」とは日蓮宗を開かれた日蓮聖人がご入滅になられた日に営む法要です。

 

今回は日蓮宗のお会式について日蓮聖人はどんなお坊さんだったのか?

について書いていきます。

 

日蓮宗のお会式について

「お会式」は日蓮聖人がご入滅された、10月13日を中心に日本全国で営まれており

中でも東京の大本山、日蓮聖人の御霊跡である池上本門寺ではもっとも盛大に行われています。

別の呼び方では「報恩講」「恩命講」「御命講」とも言います。

 

特にお逮夜(ご入滅の前日)の12日の夜には、沢山の講(グループ)が灯篭にお会式桜を模した

万灯という飾りを掲げ、纏を振りながら太鼓や笛の音に合せて深夜まで近隣や境内を練り歩きます。

 

日蓮宗のお坊さんを輩出する立正大学では、毎年仏教学部学生と大学院生有志が参加して「唱題行脚」が行われます。

団扇太鼓を叩きお題目を唱えながら、立正大学から池上本門までの道のり5.5㎞を進みます。

 

去年はネット配信されたものを家で見ていましたが、今年は念願かなって万灯練行列も唱題行脚も生で見ることができました!

池上本門寺のツイッターにあがっていましたので、ご興味ある方はこちらをご覧ください!

特別法要の様子もあがっていましたので、こちらもご紹介いたします!

 

日蓮聖人はどんなお坊さんだったのか?

日蓮聖人は1222年2月16日に、現在の千葉県鴨川市に漁師の子として誕生されました。

当時の鎌倉時代は飢饉や天災などが相次ぎ、国の政治も大変乱れていました。

 

清澄寺で出家し、勉学に励んでいた若き日の日蓮聖人は「なぜ仏教がありながら国が乱れるのか?」とこの現状に大いなる疑問を持ち、それからというもの32歳までの10数年間を更に徹底した勉学に励み「法華経」に出会います。

 

今をイキイキと生きることが書かれた法華経こそ、人々と国を救う「真の教え」であると確信し、このとき初めて法華経を心の拠り所にするという意味のお題目「南無妙法蓮華経」を唱え、日蓮宗を開きました。

 

日蓮聖人は当時幕府が置かれていた、鎌倉の町辻に立ち道行く人々に「法華経」を説き続けましたが、他の宗派を支援していた幕府や朝廷の反感を買うことになりました。

それにも屈することなく「立正安国論」を最高権力者に提出します。

この後に有名な四大法難という様々な迫害に遭い、佐渡へ流罪となるものの「立正安国論」で予言されていた蒙古襲来が現実になると、日蓮聖人は鎌倉に呼び戻されますが真意を汲み取ろうとしない幕府から距離を置くため、山梨県の身延山にて弟子の育成に励みます。

後に身延山で学んだ弟子や信徒らによって、日蓮宗の教えは全国に広まっていきました。

 

不屈の精神で人生を駆け抜けて来た日蓮聖人は、疲れた体を癒すために現在の茨城県にある湯治場に向かう途中に、容体が悪化し10月13日の朝に息を引き取ります。

その場所は池上宗仲邸、現在の池上本門寺です。

 

まとめ

今回は日蓮宗のお会式について日蓮聖人はどんな人だったのか?について書いていきました。

 

もう本当に、日蓮聖人に対しては全てにおいて「不屈」という言葉しか当てはまりません。

この国を救うために生涯をかけて「法華経」を広めたスーパーヒーローです!

私たちは日蓮聖人のこのお姿を心に刻み、微力ながら仏教の教えを広めていく活動を日々続けていきたいと思います。

 

 

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