葬儀の喪服はもともと白だった!白い喪服に込められた意味とは?

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こんにちわ、安樹です!

お通夜や葬儀に参列する時の喪服と言えば、皆さん「黒」を思い浮かべると思います。

ですが、実は昔の日本では喪服は白だったのです!

 

今回は葬儀の喪服はもともと白だった!白い喪服に込められた意味とは?

について書かせていただきます。

 

白い喪服の変遷

白い喪服については所説あります。

日本の喪服は古来より白が主流でした。

 

しかし、平安時代に「養老喪葬令」が発令され、「天皇の直径二親等以上の喪では、墨染めの喪服を着用すること」となりました。

これをきっかけに徐々に黒い喪服が広がり、平安時代に後期には喪服は黒というイメージが支配者層(貴族)に定着しブームが起きました。

 

しかし、室町時代になると宮中を除いて再び白が基本となりました。

理由としては支配者層の影響力がなくなり、わざわざ墨染めをするのは大変だと、江戸時代までは、黒い喪服ブームが一旦終わりを告げました。

 

中国の7世紀の史書・随書「倭人伝」にも「白布で喪服を製する」と書かれているそうです。

地域にもよりますが、日本は明治までの喪服は白が中心で、会葬者も故人と同じ白装束を来て参列をしていました。

 

再び黒い喪服になったきっかけは?

明治時代の当時の日本は鎖国を解いた後で、積極的に欧米文化を取り入れようとしており、政府首脳の国葬で政府が会葬者に対し洋風の礼装の黒ネクタイや黒手袋の着用を通達したことからです。

また、明治30年の英照皇太后の崩御の際に政府が国民に対し、喪服心得を示し黒喪章の借用を支持しました。

これにより、黒が喪に服す色として一般に認識され、更に西洋化の影響も加わり日本古来の白喪服が減り、黒の喪服が国民全体へと広まっていきました。

 

そんな白喪服ですが現在でも、もちろん正式な衣装です。

近年では、歌舞伎俳優の故中村勘三郎さんの奥様の好江さんが白い喪服を着ていたのが記憶に新しいかと思います。

未亡人が白い喪服を着る場合は、「貞女二夫にまみえず」という、夫が亡くなった後も決して再婚はしないという意味で

昔の大地主や旧家では、わざわざ嫁入り道具として一生に一回しか着る機会のない白い喪服を持たせたそうです。

 

まとめ

今回は葬儀の喪服はもともと白だった!白い喪服に込められた意味とは?

について書かせていただきました。

 

現代では喪服と言えば、黒ですが実はそうではなかったのですね。

白い喪服を見かける機会はほとんどないですが、故人に対する愛情や敬意を表す色だったのですね。

 

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